【数学教育アイデア素材】序文 | 数学を学び,学ばせるのは何のためか

前ページまでのあらすじ

日本人に数学が嫌いな人が多い現状を変えるには,
次のような教育改革が必要であると主張してきました。

  • 前提となる既習事項の理解度が低い生徒に,
    無理に新しい単元を学ばせることを控える。
  • 必要であれば,高校の正規の授業として,
    中学数学の学び直しをさせてもよい。
  • 高校卒業時に,現行の中学数学程度の内容しか
    習得できていない生徒がいても,
    全く問題ないと考える。
  • 大学は,学生に対し,数学の学び直しに必要な
    情報と時間と支援を与えるようにする。

しかし,教育改革には時間がかかりますし,
そもそも実現するかどうか分かりません。

当面の間,日本に住む中高生や教育関係者は,
数学嫌いを大量に生みだす現行の教育制度に
対応していかなければならないことになります。

ここでは,その方策について考えます。

現行の学校制度における数学教育に対応するために

現状の理不尽さを嘆いていても仕方ない

前ページまでで見たように,筆者は,
現在の学校制度における数学教育には
理不尽な面が色濃く残っていると思います。

しかし,それを嘆いていても仕方がありません。

数学教育に限らず,現実世界には,
理不尽な部分が残るものだからです。

思いついたものを挙げてみます。

  • ブラック企業の問題
  • 深刻化・低年齢化していると言われる学校でのいじめ
  • 近年明らかに拡大している貧富の格差
  • 年々手口が巧妙化する各種詐欺

他にもまだまだたくさん,いくらでもあります。

政治がうまく機能して,
これらの問題を一掃できればよいのですが,
それを期待するのは期待しすぎでしょう。ℹ️️

結局は,ある程度は理不尽さの残る現実世界で,
生き抜いていかなければならないのです。

現実的にどのような状態を目指せばよいか

それでは,理不尽さの残る学校の数学教育の中で,
学習者や教育関係者は,
どのような状態を目指して対処していけばよいでしょうか。

全ての生徒が学校の授業から遅れず,
順調に学びを続けられれば言うことはありませんが,
それはまず不可能です。

生徒は人間ですから,
数学に対して気分が乗らない時期もあるでしょう。

悩みや心配事で勉強どころではない時期もあるでしょう。

病気や怪我,精神の不調,いじめなどで
学校を長期間休まざるをえなくなる可能性もあります。

暗記力が物を言う教科については,
心身ともに再び勉学に精を出せるようになった時点から,
学校の授業をしっかり受けつつ,それと同時進行で,
これまで抜け落ちていた部分を復習するという対処でも
何とかなるかもしれません。

しかしその作戦は,数学では通用しないことが多いでしょう。

前提となる理解が不足していると,
学校の授業で理解が進まず,
授業時間の大半が無駄になってしまうからです。

学校の先生が説明してくれるという,
独学に比べて学習効率が高いはずの時間の大半が
無駄になる。

これはかなりの痛手です。

その痛手を避けるには,できる限り
前提となる知識・技能が足りている状態で
授業を受ける必要がありますし,
それが無理になったのなら,
無理になった状態から一刻も早く脱することが大事です。

以上を念頭に,教育改革以外で考えられる対処方針を
挙げてみます。

  • 生徒1人1人は,特に数学については
    学校の授業から遅れないように心がける。
  • 学校の授業から大きく遅れてしまった場合は,
    特に数学については,
    学校の授業に一刻も早く追いつくようにする。
    その手助けをしてくれる学習塾や家庭教師等の
    教育サービスを探すのもよい。
  • 保護者や教育関係者は,
    生徒の数学の理解が十分かどうかを,
    長期休暇の直前に確認する。
    不十分であれば,その長期休暇が終わるまでに復習させ,
    学校が要求する理解水準に追いつかせる。
  • 教材制作者は,生徒が最短距離で学校の授業に
    追いつけるように構成した教材を開発する。

これらについて,もう少し詳しく説明したいと思います。

生徒をどう導くか

生徒自身は危険性に気付かない

現行の教育制度のもとで数学を学ぶ際に最も怖いのは,
より進んだ理論を説明するのに多用されるような
重要な単元が十分に理解できず,
その後の数学の授業についていけなくなることです。

しかし,中高生の多くは,
自分が実際にそうなって苦しむようにならない限り,
その危険性を認識することはできないでしょう。

つまり,中高生自身が,

数学の授業についていけなくなったら
取り戻すのは大変だから,
そうならないように頑張ろう

といった危機感を持って数学の学習に臨むことは
期待できません。

従って,周りにいる指導者は,
自分が担当する生徒が学校の授業から
大きく遅れないように,遅れた時は速やかに
学校の授業に追いつかせるように,
導いてあげる必要があります。

できることなら,生徒が理解してから次の単元に進みたい

数学で,ある単元を学んだ際に
理解度が十分に高まらなかった場合は,
その単元にとどまって学習を続けるのがベストです。

学校の先生も,ほとんどの方がそう思っていると思います。

しかし,集団授業をベースとし,
かつ同学年・同時期の生徒には
同じ内容,同じ難易度の数学を教えるという
現行の学校教育では,事実上不可能です。

学校教育では無理でも,家庭学習や学習塾では意識したい

そうであるなら,生徒1人1人が,

学校で教えられている数学が本格的に分からなくなったら,
分かっているところまで戻って復習する

ということを徹底する必要があります。

もっとも,それは生徒本人には難しいかもしれません。

そこで有効なのが学習塾や家庭教師だと思います。

(これは筆者の希望ですが)
学習塾や家庭教師は,生徒1人1人と向き合って,
教えたい内容を理解するのに必要な知識が揃っているかを
頻繁に確認しながら授業を進めると,
確実に効果が上がると思います。

そして,必要であれば,何学年分か前の単元に戻ってでも,
理解を再構築するための指導を行うのが望ましいと思います。

それを恥ずかしいと感じて
嫌がる生徒もいると思いますが,
全然恥ずかしいことではありません。

そのような復習が必要な生徒は無数にいるのに,
ほとんどの生徒が実行していないだけです。

そのことを説明すれば,
納得してくれる生徒が多いのではないかと思います。

上記のような手順を大切にする学習塾・家庭教師なら,
利用する価値があるのではないでしょうか。

集団授業を中心とする学習塾を利用する際は,
注意が必要です。

そのタイプの学習塾の価値を
否定する気はありませんが,
塾の授業で扱われる内容を理解するのに必要な
前提知識等が大きく不足している生徒の場合,
知識が不足していない生徒向けの説明では
理解しようがありません。

学習塾側も,学習塾の利用者側も,
よく意識しておきたいことです。

長期休暇で学校の授業に追いつかせる

学校の数学の授業から
理解が遅れてしまった中高生にとって,
長期休暇はチャンスです。

中でも,夏休みは最大のチャンスです。

そして,最大のチャンスであるだけに,
それを見送った場合のダメージは大きいです。

学習塾の指導員や家庭教師をされている方は,
夏休み前または夏休みの序盤に,
担当する生徒が学校の数学の授業に
十分についていけているかどうかを
確認していただきたいと思います。

夏休みの宿題に数学があるなら,
ちょうどよい腕試しです。

なるべく早い時期にとりかかって,
早い時期に終われるように進めてもらうと良いでしょう。ℹ️️

それで手こずって,教科書を見ても
理解できる気がしないという様子なら危険信号です。

適切に復習して,夏休みが終わるまでに
学校の授業に追いついておく必要があります。

その際の復習も,大事なのは,
分かっているところまで戻る」を実践することです。

明らかに予備知識が足りない生徒が
最近習ったところだけを復習しようとしていたら,
その生徒が分かっているところまで
戻って復習できるように
導いてあげていただきたいと思います。

遠回りな復習を避けさせる

生徒が自力で復習しようとすると,遠回りになりがち

学校の数学の授業から理解が遅れた生徒が,一刻も早く,
学校の授業を理解できる状態になりたい場合,
前述の通り,「分かっているところまで戻る」が基本です。

ただ,分かっているところまで戻った後,
既習単元を片っ端から復習するのは,
目的に沿っているとは言えません。

その時期に行われている学校の授業に
対応できるようにするだけなら,
全ての既習単元の理解が必要になるわけではないからです。

具体例

ここに,次のような高校生がいるとします。

  • 何らかの理由で学校の数学の授業から
    大きく遅れてしまった。
  • 中学数学の理解は大丈夫だが,
    高校数学はさっぱり。
  • その生徒が通う高校で,次に授業で扱う内容は,
    高校数学Ⅱの【三角関数】である。

この場合,数学Ⅰの【数と式】や【三角比】,
数学Ⅱの【円の方程式】あたりの理解を補えれば,
かなりの程度,三角関数の授業を理解できるでしょう。

また,三角関数では,2次関数との融合問題が
定番になっているので,
数学Ⅰの【2次関数】を学び直しのリストに
含めてもよいと思います。

もちろん,これは【三角関数】の授業にしか
対応できない計画です。

学校の授業が次の単元に移ったら,
その単元用の計画が必要になります。
先を見据えて学習計画を立てることが大事です。

しかし,生徒が自力で復習する場合,
上記のような判断を適切に下すことは
まずできないでしょう。

【数と式】や【三角比】は想像がつくとしても,
【円の方程式】は見落としやすい気がします。

【円の方程式】を含めている理由

【三角関数】を学ぶ前に
【円の方程式】を知っているのが望ましいと考えるのは,

原点を中心とする半径 $r$ の円の方程式は
$x^2+y^2=r^2$ と表される

ということを知っていると,
恒等式 $\sin^2\theta+\cos^2\theta=1$ に対する
理解がスムーズになるからです。

ただ,三角関数について学ぶだけなら,
円の方程式について,それ以上のことを
知っている必要はないと考えられます。

中心が原点でない円の方程式とか,
円と直線の交点の座標の求め方とか,
不等式が表す領域などは,まず不要です。

最短の期間で三角関数の授業が
理解できる状態を実現するには,
そのあたりまで考慮した学習計画が望まれます。

逆に,【三角関数】を目標にするなら,
数学Aの【図形の性質】は後回しでよいと思われますが,
事前に理解する必要ありと判断してしまう生徒が
多いと思います。ℹ️️

それどころか,学校の授業で既に通過した単元だからと,
ほとんど関係のない統計分野や数学Aの全分野を含めて,
順番に復習しようとしてしまう生徒も,
結構いるのではないでしょうか。ℹ️️

もちろんそれは無駄ではありませんが,
学校の授業にできるだけ早く追いついて,
授業が意味のある時間(理解の進む時間)にするという
趣旨を考えると,相当な遠回りになってしまいます。

そこはやはり,指導者が適切にアドバイスして,
復習の経路を示す必要がありそうです。

上に述べた綱渡りのような対応を
長く続けるのは望ましいことではありません。

長期休暇などのチャンスがあれば,全体的に復習し,
どの単元の授業にも対応できる状態の
実現を目指すのが本筋です。

既存の教材の多くは,授業に追いつくための学び直しに不向き

また,文科省検定教科書を含む既存の教材のほとんどは,
そのような学び直しに向いていません。

次のような情報が十分に与えられていないからです。

  • 各単元を学ぶために,
    事前に理解しておく必要がある単元
  • ある単元Bを理解できるようにするために,
    その前提となる単元Aの学び直しをする場合,
    単元Aのどの部分を復習すればよいか

この点を解決する教材の案については,
別の記事にまとめたので,そちらをご覧ください。

関連記事

この記事で提案するような教材があれば,
中高生だけでなく,
大学生や社会人の数学の学び直しにも
威力を発揮するのではないかと考えています。

大学生や社会人の場合は特に,

  • 経済学で必要なので,
    手っ取り早く等比数列を学びたい
  • 統計学への足がかりとして,
    高校数学Bの統計分野を習得したい

など,目的や学びたい単元が
はっきりしていることも多いと思われるので,
よりフィットするのではないでしょうか。

今後は,ITを利用した教材にも期待

生徒1人1人にきめ細かく向き合うには,
教える側も多くの人数を要します。

しかし,優秀な指導員を多数確保するのは
難しいかもしれません。

そこで,今後期待されるのが,IT教材の発達です。

IT教材は,しっかりプログラムされていれば,
指導員がいなくとも,通常の独学に比べると
はるかに学習を促進できる可能性があります。

もっとも,IT教材では十分に学ぶことが
難しいと思われる要素もあるのでℹ️️
指導員が不要になるわけではありません。

しかし,IT教材をうまく利用すれば,
限られた人数の指導員でも,
より多くの生徒にきめ細かく対応できます。

加えて,IT教材だからこそ実現できる学び方も,
いくらでもあるはずです。ℹ️

IT教材については,
毛嫌いするでもなく盲信するでもなく,
その強み弱みを見極めつつ,
強みを活かして弱みを人が補うという意識を持って
利用するのが望ましいと思います。

ただ,序文執筆時点で筆者が知る限りでは,
現存するIT利用の数学教材は,
紙ベースの教材に比べて明確に優れているとは
言えない気がします。ℹ️️

IT教材を数学学習の軸に据えられる時代は
もう少し先かという印象です。

学びが過保護になることに対する懸念について

筆者はこれまで長い間,中高生を含む数学の学習者を
サポートするための,最高の教材や学習環境について
考えてきました。

しかし同時に,中学高校の時期に,
使う教材であれ学習環境であれ,
学びやすい状況で学ぶことに慣れすぎると,
大学以降の学業に対応できなくなるのではないかとの
懸念を抱くようになりました。

その問題については,序文で書くには細かすぎると考え,
別の記事を用意しました。

よければそちらもご覧ください。

関連記事

おわりに

教育や教材に,改善の余地はまだまだある

ここまで,教育改革の方向性から,
現行の学校教育制度における対処法まで,
筆者の考えを概説してきました。

教育改革が実現するにしろしないにしろ,
数学教育に関して筆者が日本に望む変化は,
次のようなものです。

  • 数学の学びを効率化することで,
    学校の授業についていくことを容易にし,
    数学に苦手意識を持たない中高生が増える。
  • 数学に苦手意識を持たず,
    「必要があるなら学んで使ってもよい」と思える
    大学生や社会人が増える。
  • 中学数学あたりまでなら,
    自分の子供に教えられる保護者が増える。
    少なくとも,(数学への抵抗感が抑えられることで)
    子供と一緒に数学を学び直す保護者が増える。ℹ️️

数学の教育や教材には,
改善の余地はまだまだあると思います。

当サイトでは,筆者の持つアイデアを記事にして,
教育関係者向けの思考素材として公開していく予定です。

当サイトの記事がどなたかの目に止まり,
その方の思考が多少なりとも進展することがあれば,
当サイトの設立者としてこれに勝る喜びはありません。


以上をもって当サイトの序文とします。
超長文にお付き合いいただき,ありがとうございます。

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