【数学教育アイデア素材】序文 | 数学を学び,学ばせるのは何のためか

前ページまでのあらすじ

数学の学びによって,
考える技術や姿勢,説明する技術が
伸ばせることを考慮すると,
全国民が数学を学ぶ必要はあると考えられます。

しかし,国民の大多数が
現行の高校数学の大部分を学ぶ必要はないと思います。

それでは,数学は,誰が,いつ,どの程度学ぶのが
適切なのでしょうか。

数学は,誰が,いつ,どの程度学ぶべきか

学問は,必要に応じて学ぶのが効率的

数学に限らず,学問というものは,
次のように学ぶのが最も効率が良いと思います。⚠️

  • 必要が生じた時,
    または必要が生じることが予想された時に,
    必要な分だけ学ぶ。ℹ️️
  • 学びたいと思った時に,学びたいだけ学ぶ。ℹ️️

数学についても,
本来はこれらに近い学び方でよいと思うのです。

例えば,現行の中学数学の範囲しか理解しないまま
高校を卒業する生徒がいたとしても,
その後必要になったら学び直せばよいのです。

数学教育が目指すべき状態

現時点では理想論になりますが,
日本の数学教育界は,次のような状態を目指すのが
良いのではないかと考えています。

  • 高校生は,現在学んでいる数学の理解に
    自信が持てなくなったらℹ️️
    新しい理論の学習を回避し,
    既習部分の復習に力を入れられる。
  • それによって生じる学習進度の格差は,
    大学教育で吸収できる。⚠️

そんな教育環境が実現できるなら,
高校の普通科の生徒全員が
現行の高校レベルの数学を学ぶ必要は
ないと思います。

この案を採用すると,現行の高校数学の内容に
深くれない生徒が多くなりますが,
その代わりに,高校を卒業する時点で,
学んだ範囲に対する理解が十分な生徒の割合は,
現在より飛躍的に上がるでしょう。

現行の数学教育に疲弊し,
数学に対して苦痛と徒労の記憶しか残らない生徒と,
中学数学までなら理解がしっかりしており,
数学に対する抵抗感があまりない生徒。

どちらの方が未来に期待できるかは,
比べるまでもないと思います。

高校で中学数学の学び直しをさせてもよい

全ての国民に必要なのは,数学よりも考える技術や姿勢

前述した通り,日常生活で数学の理論を持ち出して
問題を解決する機会はそれほど多くありません。

しかし,考える技術や姿勢が高まっていることで
解決策が見出だせる場面は無数にあります。

そのために数学を学ぶ・学ばせるというのは,
妥当な方針だと思います。

考える技術や姿勢の育成は,中学数学の内容でも可能

ただ,それは現行の高校数学の内容でなければ
できないわけではありません。

現行の中学数学の内容でも十分に可能であるはずです。

ですから,中学卒業時点で,
現行の中学数学の内容が定着していない生徒に対しては,
高校数学の内容に進ませるのではなく,
高校の正規の授業として,
中学数学の学び直しをさせてもよいと思います。

高校課程に,そのための科目を作ってもよいでしょう。

もちろん,中学数学と全く同じ内容である必要はありません。

中学数学の理解度が低いことを前提に,
中学数学との重複をいとわず丁寧に解説しつつ,
中学数学よりは多少発展的な内容や,
現行の高校数学の内容の一部を含むようにすると
よいと思います。

数学Aで学ぶ「確率」や「期待値」は,
日常生活でも思考の助けになることが
多いと思います。

しかも,これらの単元は,
それまでに学んだ数学の他の単元に対する
理解が浅くても学べそうです。

上で提案した学び直しのための科目には,
ここに挙げた「確率」や「期待値」のように,
日常生活でも活躍の場があり,
かつ既習事項の理解不足が障害になりにくい単元を
積極的に含めるとよいと思います。

理論としては本来の高校数学よりだいぶ基礎的になりますが,
その代わり,その範囲内で,
ある程度複雑な思考を要する問題も
解いてもらうというイメージです。

それでも十分に,いやその方が,
考える技術や姿勢および説明する技術を,
多くの生徒に身につけてもらえるに違いありません。

一度遅れても挽回できる学習環境もぜひ欲しい

中学卒業時点で理解不足と判断されたものの,
高校で中学数学を中心とした
学び直しをするうちに理解度が高まり,
余裕が感じられるようになる生徒は
少なからずいるでしょう。

中には,その時点からでも本来の高校数学を学び,
その内容を含む大学入試に挑戦したいという
意欲が出てくる生徒もいると思います。ℹ️️

その意欲には,ぜひ応えられる教育体制で
ありたいものです。

意欲を持ったタイミングによっては,
高校卒業までに遅れを取り戻して
現役生での大学入試に間に合わせることは
難しくなっているケースもあるでしょう。

しかし,それを目指すにしろ目指さないにしろ,
高校生のうちに,より進んだ数学を学んでおけば,
大学入試で有利になることは間違いありません。

その意欲に高校自体が対応できるならベストですが,
学習塾であれ,独学用教材であれ,
意欲を持った生徒が学ぶのに適した手段が
十分に用意されることが大事だと思います。

大学は,学生の数学の学習進度に差があることを当然と思うようにする

現行の数学教育では,高校(の普通科)を卒業した人は,
理系学生なら高校数学のほぼ全体を,
文系学生でも高校数学のうち
数学Ⅲおよび選択分野を除く部分を,
ひと通り理解しているという建前になります。

そして,大学側は,その建前を信じているかのように,
学生全員が高校数学の大部分を
理解していることを前提として
講義が進められることも少なくないと思います。

特に,入試で数学を課している大学は
その傾向が強いように感じます。ℹ️️

しかし,その前提には無理があります。

通常,入試で課すのは数学だけではありませんから,
数学は苦手ながら他の科目で
点数を稼いだ合格者もいるでしょう。

また,数学の中で特定分野が苦手であるけれども
他の分野で点数を稼げた人もいるでしょう。

どのような入試を課したとしても,
全ての科目の全ての分野について
理解が十分な学生だけが入学するわけではありません。

そうである以上,各講義の受講に際して
数学のある単元をあらかじめ理解している必要があるなら,
それを事前に公表し,準備を促す程度の配慮は
必要だと思います。

これは,日本の数学教育の現状においても,
(上で提案しているような)高校卒業時点の数学の学習進度に
個人差がある社会になった場合においても同じです。

大学側の対応例

もちろん,一部の学生が
中学数学までしか理解していないような場合に,
それに合わせて講義のレベルを下げたくないという考えは
理解できます。

その場合,大学側が次のような対応をすると,
学生側も,その講義に向けての
数学の学び直しがしやすくなります。

  • それぞれの講義において,
    理解していることが前提となる数学の単元を公表する。
  • 前提となる数学の難易度が高い講義は,
    大学入学直後の時期に開講しないようにする。
  • 必要に応じて,それぞれの講義の受講資格として,
    数学の小テストを課す。
  • 数学の学習進度が十分でない学生向けに,
    基本的な数学の講座を開講する。
    単位認定なしでもよい。

これらは,現行の教育制度でも,
有効な手立てになるのではないかと思います。

次ページの内容

ここまで,日本の数学教育界に
望まれる変化について考えてきました。

しかし,教育改革には時間がかかりますし,
そもそも実現するかどうか分かりません。

当面の間,日本に住む数学の学習者や教育関係者は,
数学嫌いを大量に生みだす現行の教育制度に
対応していかなければならないことになります。

次ページでは,その方策について考えます。

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